辛くないハラペーニョ
お正月はいつも、お屠蘇気分で10社くらいの種苗カタログを見ては、「この品種を育てたらどうかな」とあれこれ想像をめぐらしています。
そのうちの一つに苦味やピーマン臭の少ないことをうたった「こどもピーマン・ピー太郎」という品種がありました。いや、あるのは知っていたのですが、名前がダサいし、苦味や香りのないピーマンなんか求めてないし、と思いながらこの7年間読み飛ばしていました。ですが今年は、なぜでしょう?そのハラペーニョにそっくりな姿に釘付けになりました。調べてみるとどうやらピー太郎は、ハラペーニョの育種中に偶然生まれた、まったく辛くないハラペーニョであるとのこと。
完熟果の赤ハラペーニョは、パプリカのように肉厚で、ひと口食べると南国のフルーツを思わせる甘さと酸味があると同時に、舌を焼くような辛みがあります。だから大好きなのに少しずつしか食べられません。これが辛くなかったいいのにと何度思ったことか。
じつはアメリカでは辛くないハラペーニョが人気で、一般的に流通しているようなのですが、日本では種をいくら探しても見つかりませんでした。ですが灯台下暗し、こんな身近にあったとは…。この夏はパプリカのようなハラペーニョがお届けできたらうれしいです。本年もどうぞよろしくお願いいたします。 (友亮)
使ってやらな、かわいそう
年末は漬物しごとや野菜の防寒対策、夏野菜の片付けに春野菜の種まき、地主さんへの挨拶回り、大掃除、野菜の販売会、子どもの冬休みが重なり、怒涛の忙しさでした。そのなかで正月に食べるおせち料理の仕込みもしていたのですが、なんで自分はここまでして料理しているのだっけ…と手を止めて考えてしまいました。
ふと思い出したのが日本の家庭料理を取材していた10年ほど前、岐阜県白川郷で聞いた言葉です。
「せっかく(食材が)あるんやし、使ってやらなかわいそうやし」。
毎年12月になると合掌造りの家で暮らす人たちが、お坊さんや親せきなどを呼んで「ほんこさま」(報恩講)という法要を行っているのですが、この日にふるまう料理を1週間かけて準備していました。
その年に家の周りや山や畑で収穫した一番出来のよい作物や山菜、木の実を保存しておき、ほんこさま料理に使うのです。塩漬けしていた姫たけのこを塩抜きして煮物に。冷凍していたこごみや栗を解凍して料理する。くるみを割るところからはじめ、えごまやごまを豆腐などと一緒にすり鉢で摺って和え物に…。食材に合わせて調理の仕方を考えながら、20種類ほどの料理を20~30人分用意するのは正月よりも大変な大仕事とのことでしたが、どうしてここまでやるのかと聞いたところ返ってきたのが先の答えでした。
買えば何でも手に入る時代、手間ひまかけて料理をするのは「使ってやらなかわいそう」と思える食材があるから。そしてそれらによって自分たちも生かされてきたという実感があるからでしょう。
ほんこさま料理に比べればちっぽけですが、畑で大根やにんじんやごぼうや里芋ができるまでの苦労を味わったからこそ、一年のはじまりになんとかしておいしく食べてやりたい、そんな思いで私もまた手を動かしていたのでした。
もっといえば、この土地も、畑も、山も、あるんだから使ってやらなきゃもったいない。自分の身体も、手も足も使ってやらなきゃかわいそう。そんな気持ちが野菜を育てたり、落ち葉を使って温床踏みしたりする原動力になっている気がします。この場所を十全に使うには、手(マンパワー)も知恵も足りないのを実感する日々ですが、野菜を買ってもらったり、畑をひらいていくことで、なんとか生かしたい、私たちもここで生きていきたいと思う年始です。 (照手)

